Saturday, December 31, 2005

[農暦12月1日] 勝間、ゆく年・・・

[農暦] 12月1日 [月齢] 0.26 新月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 快晴

西暦2005年最後の日です。特別なことといえば、今日一日アトリエ周辺の手入れをしたこと。一日炬燵で西目の酒を柚子味噌でのんびり過ごしたかったのですが、結局日が落ちるまで片付けに終始してしまいました。

納屋の屋根にたまった枯れ葉と枯れ枝を掻き落し、雑木林がまき散らした落ち葉を集めては畑に山積みにし、来る春の畑の肥やしのもとにします。勝間の空気、勝間の雑木、勝間の畑に感謝です。 

Friday, December 30, 2005

[農暦11月29日] アタッチメント・メガネ・・・

[農暦] 11月29日 [月齢] 28.1 暁月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 晴

komachiさんが中近用メガネのことを取り上げていました。私が係わっているので補足します。

老眼鏡と付き合った歴史も長くなり、そうすると、都度都度目の老化に合わせてメガネを作り直さなくてはなりません。面倒だし、なにしろお金がかかる。この間まで使っていた遠近両用、コーティングが剥げはじめ、みっともなくなりました。替えねばならぬと、偶然立ち寄った100円ショップ、ここにはいろいろなメガネグッズが取りそろえてありました。

写真に写っているのは、左が遠中用老眼鏡。そのフレームに取り付けてあるのは2倍レンズ、読書用です。そしていちばん右が2倍レンズ用ソフトケース。ここには映っていませんが、他に遠中用老眼鏡に取り付けるサングラス。どれも税込み105円。酒に酔って、不覚にも意識を失い、老眼鏡を取り落としても気軽に買い換えできます。

komachiさんが憤慨したのは価格でした。しかし、100円メガネはツルを開くと、キーっと音がします。

Thursday, December 29, 2005

[農暦11月28日] ミサゴを追う

[農暦] 11月28日 [月齢] 27.1 有明月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

葉山・御用邸前の海岸・散策の最中、探鳥がこのところのテーマになっているkomachiさんが、突然目を空に向けます。"ミサゴだ!”、"(魚を)見つけた!"、"(海に)飛び込んだ!”。まるで子供のようです。

ミサゴは失敗したようです。しばらく上空を滑空し、ホバリングし、流して飛んでいましたが、餌を口にすることはできなかったようです。私たちは、komachiさんの解説を受けながら、その様を追っている、写真はそんな姿です。同行したshinさんが、私の携帯電話、NokiaのN90で撮影しました。

この写真をshinさんに送ったところ、返事が来ました。

・・・じーじ(注:わたしのことです)の写真もいいねえ。私も写っている3人組
のも良い写真だったが、やはり最後の(わしがとった)岩の上の3人がいい。
少し決まり過ぎている感じだが、なんか、半世紀も前の絵にありそうな情景だ。
じっと眺めてしまった。・・・

ということで、shinさんの傑作をご紹介します。

[農暦11月29日] そこのけそこのけ白鷺が通る


[農暦] 11月29日 [月齢] 28.1 暁月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 晴

年内、アトリエ周辺の手入れの予定は、わずかですがずれ込みそうです。庭中に広がった枯れ葉、枯れ枝の山の一部が残ってしまいました。これは大晦日の仕事です。明日はお墓の掃除にでかけます。

昨日は買い出し、今年初めの大雪で壊れた雨樋の補修材料、年越しに備えた猫餌の補充、一年間洗車しなかったミニへ洗車セットをプレゼント。いろいろ買いそろえて帰路につきます。県道からアトリエの坂へ曲がろうとすると、白鷺が私を見ていました。ゆっくり車を近づけると、白鷺もゆっくり後ずさりします。また一寸近づくと、さっと後ろを向いて県道の方へ。危ない危ない、車は怖い・・・しかしなぜ人の歩くアスファルトの道に出てきたのでしょうか。(写真をクリックすると大きくなります)

[農暦11月18日] 雪です

[農暦] 11月18日 [新暦] 12月29日 [月齢] 17.4 居待月 [天気] 雪のち曇り

雪です。昼過ぎから雪になりました。ささやかでほんのひと時でしたが、雪が降りました。風景が白くなります。空気も白くなって見えます。空間みんな白で埋め尽くされました。

Wednesday, December 28, 2005

[農暦11月27日] 気持ちのいい場所

 [農暦] 11月27日 [月齢] 26.1 有明月 [潮汐] 若潮 [勝間の天気] 快晴・満天が星

komachiさんが事務所を移転しました。彼のblogでは、新しい事務所を"気持ちのいい場所"と分類していました。それではどれほど気持ちいいのか、見に行くことにしました。当然のようにただ見に行くだけの仲間ではありません。冬の、相模湾で揚がる、魚が目当てです。

昨日、相模湾一帯は、空気も海も山も信じられないほど透明で、これほど光が満ちた光景を久しく味わった覚えがありません。御用邸前の海岸からは、江ノ島がすぐ手の届く先に、その先には真鶴半島、箱根と丹沢の山並み、その向こうに富士山を望めました。

komachiさんの事務所の窓から相模湾を眺めれば、これは単に"気持ちのいい場所"を超越してしまう、何もせずにただただ暮れゆく風景を追いたくなってしまう。蕎麦も魚も旨かった、それ以上の気分が味わえた一日でした。

Tuesday, December 27, 2005

[農暦11月26日] 「マラネロにナイトクラブはない」

[農暦] 11月26日 [月齢] 25.1 二十六夜月 [潮汐] 長潮 [勝間の天気] 快晴

私は下世話な話が好きで、正統を自負する会社の人と仕事をしながら、そんな会話を持ちかけます。正統を自負する人は、口元を一寸ゆがめ、目の端からわたしを見つめます。どんな業界でも小話はよく口にするし耳にもしますし、仕事の駆け引きの材料が見え隠れしますから、ととも面白いのです。

モータースポーツのF1、この世界は魑魅魍魎といわれており、オフシーズンは特に下世話な話題が乱れ飛ぶのだそうです。話は今日の@nifty F1ニュース、「マラネロにナイトクラブはない」・・・

「マラネロにナイトクラブはない」と、フェラーリ社長

2007年にはフェラーリ・チームへ移籍か、とパドックで噂になっているキミ・ライコネン(26歳:フィンランド)について、ルカ・モンテツェモロ社長がきついジョークを投げ掛けている。

「ライコネンがフェラーリに来るんだって?

しかし悪いがマラネロには『ナイトクラブ』はないんだ。

それにトッド(監督)が、飲酒にはうるさいと思うがね……」

言うまでもなく、これはライコネンがしばしば酔いつぶれて暴れた、などという噂を皮肉ったものだ。

[単語の解説]:

話は、現フェラーリのドライバーのミハエル・シューマッハの契約が2006年いっぱいで切れることから起こった。今年のチャンピオンのフェルナンド・アロンソが、早々と2007年にキミ・ライコネンのいるマクラーレンに移籍すると発表、現マクラーレンのドライバーのキミ・ライコネンはフェラーリ移籍かと騒がれ・・・

・マラネロ フェラーリの本拠地

・ルカ・モンテツェモロ社長 フェラーリの社長

・トッド(監督) フェラーリF1の監督

・キミ・ライコネン 今年、最も速かったフィンランド人ドライバイー

Monday, December 26, 2005

[農暦11月25日] 正月準備

[農暦] 11月25日 [月齢] 24.7 有明月 [潮汐] 小潮 [勝間の天気] 快晴

毎日が快晴、午前中雲が出かかりますが昼を過ぎると快晴。おかげで庭木と生け垣の手入れが進みます。肉体には厳しい時節となってしまいました。

聖夜も過ぎ、あと一週間、新年を迎えるのみ。正月の準備を始めます。鏡餅のお飾りと松飾りは裏山の竹まで手が回らず、市販品で誤魔化すことにします。

買い出しにでかけた旧街道際の神社では、すでに初詣の案内が始まっていました。

Saturday, December 24, 2005

[農暦11月23日] 絵手紙・聖夜

[農暦] 11月23日 [月齢] 22.1 弓張月 [潮汐] 小潮 [勝間の天気] 快晴・オリオン座が東の空に

農本主義者の私としては、西暦の12月24日、聖夜はないのですが、台湾の友人にカードを送ったりしてしまいます。ようはいい加減なのです。ですから絵手紙をいただき、メリークリスマスと書かれていても、なんの問題もありません。

手紙と中国製の電気仕掛けのクリスマスツリーを並べて写真にしたりもします。開くと「聖夜」と「ジングルベル」がかわいらしく奏でられ、赤と青のイルミネーションが点滅します。物音一つしない勝間の真夜中に聴くのも一興なのです。

Thursday, December 22, 2005

[農暦11月21日] カボチャを食べて、ゆず湯に入り、無病息災を願う

[農暦] 11月21日 [月齢] 20.6 宵月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 一転にわかにかき曇り

今日は冬至、スーパーマーケットの新聞広告に、「本日22日は冬至です。カボチャを食べて、ゆず湯に入り、無病息災を願う」とキャッチフレーズがありました。忘れていました、今日は冬至なのです。その時期もっとも元気な食材を用いて、もっとも身体にいいことをする、昔から引き継がれたこと。間違いないはずです。私は受け継ぎたい。

と思っていたら、秋田県西目からその地の日本酒が届くという、なんというタイミングでしょう。今夜はカボチャを肴に西目の「飛良泉」を飲んで、ゆず湯に入ることにしました。

野菜の篭を探してみましたが、カボチャがありません。さて、出かけて手に入れることにしましょう。

[この三点セットを写真でご紹介しようとしましたが、カボチャがないので、後で追加することにします]
[15:59 写真を追加しました。福島産の美味しそうなカボチャとアトリエの柚子です。]  

Wednesday, December 21, 2005

[農暦11月20日] 縁側の午睡

[農暦] 11月20日 [月齢] 19.1 更待月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

昨日は風もなく気温も暖か、縁側で午睡をとる猫の姿もほほえましい。こちらも昼寝をしたくなりました。いや、そうやってはいられないのです。年内に樹木の手入れ、芝の手入れ、畑の手入れに裏山の竹を切り倒さなければなりません。

昼食を取り終えてボッとしていると、猫どもが落ち着かない、一点を注意深く眺めている。視線の先を追うと、なんと五匹の犬が隊をなして畑を横切っていきます。大きめな白い一匹が先導したり、最後尾で辺りの様子を見たり・・・。野犬かどうかも分かりませんでした。

午後に生け垣と灌木の手入れをします。下の畑から声がかかります。「きれいになったね、これで年を越せるね」。隣の畑のばっちゃんです。褒められるのはうれしいのですが、私には<ようやっと方ついたね>と聞こえてしまいます。まだまだなのです。 

Tuesday, December 20, 2005

[農暦11月19日] 十二社の四人

[農暦] 11月19日 [月齢] 18.1 寝待月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

東京都新宿区西新宿の一角、十二社(じゅうにそう)と呼ばれていた場所があります。江戸時代からの遊興の地。戦後は青線と呼ばれて、悪所だったところです。その名残の中に、今でも続いている小料理屋があります。ここもしもた屋、細い本当に細い坂道を上がったところ、いつもの四人が集まりました。

愛宕山の「ふたまたくん」、今はプーしている京ねーさん、ひたすら韓流を追い続けるジュンイチにいさん、それに私。今回の話題は、「大菩薩峠」が追い求めたものは何?「南総里見八犬伝」の伏姫と八房の関係は?中沢新一はいまだオームを総括できていない、ブリキ猫はこのところ酒に飲まれて記憶を失う・・・などなど。最近はこんな話すらする機会がありませんので、とても貴重なひとときでした。

[店の壁という壁は、縁起物の飾りで覆われています]

Monday, December 19, 2005

[農暦11月18日] 冬枯れ

[農暦] 11月18日 [月齢] 17.1 居待月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 快晴

しびれる寒さです。夜中に外には出れません。今の時間、裏庭の流しの蛇口にはつららがでています。当然水も出てきません。極端に寒いのです。夏と冬の差も極端、温暖化の裏返しが引き起こしているのでしょうか。

雑木は裸、葉は落ちました。剪定をした梅の枝も裸です。おかげで小鳥の姿がよく見えます。かなりの種類、やってきているようです。まだ正確に名前をいい当てられていません。komachiさんを見習わなければ。

Sunday, December 18, 2005

[農暦11月17日] 寝正月に読む本

[農暦] 11月17日 [月齢] 16.1 立待月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 快晴

今年も寝正月になりそうです。そこで寝ながら手にする本を探しました。除夜の鐘を聞くまでには、「大菩薩峠」を読み終えているはず。そこで選んだのが「南総里見八犬伝」、日本の伝奇小説の白眉といわれています。

しかし江戸時代に書かれたものだけに、原書では読解力が伴いません。そこで現代語訳、訳者は現代伝奇小説作家を代表する、かの白井喬二です。文庫本上下二冊、一千二百頁にもなります。それでも原書をかなり端折っているといいます。

興味は、里見家城主・義実の愛犬・八房と義実の娘・伏姫とはまぐわったのか、白井喬二はそこをどう訳しているのか、一寸知りたいのです・・・(失礼)

Friday, December 16, 2005

[農暦11月15日] 今時のアキバ、古い秋葉原

[農暦] 11月15日 [月齢] 14.1 満月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 快晴

新しいタウンといわれるアキバを覗いてきました。案内してくれたshinさん、この街は今、コスプレとアーミーに占拠されつつあるといいます。

確かに中央改札口をでてすぐの高層ビルには、窓ガラスを各種各様、色彩豊かなコスプレ衣装が飾られています。中年の外国人夫妻が、不思議そうにそんな風景を眺めていました。

賑やかな表通りを一歩入ります。昔から都度通った秋葉原ですが、気がつきませんでした、下町のしもた屋風情の飲み屋があります。コの字型のカウンターの中央、燗をつける什器がどんと構えています。客の顔つきに、コスプレもアーミーも感じられません。薄暗いなか、旨い酒の肴を食してきました。

Thursday, December 15, 2005

[農暦11月14日] 三億円事件の頃

[農暦] 11月14日 [月齢] 13.1 小望月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴
三億円事件の起きた1968年頃、やはり気になる時期だった。わたしの記憶にいろいろなことが残されています。たとえば

・1967年 ロックグループ・ドアーズの「ハートに火をつけろ」
・1968年 東映やくざ映画「緋牡丹博徒」
・1969年 森進一の「港町ブルース」
どれもなんか意味合いみたいなものを持ってた・・・

The Doorsの"Light My Fire"はLPの輸入盤を原宿キディーランドで購入、今でも所有している。焦点の合わない目をもったボーカル、ジム・モリスンの写真はしばらく私の本棚に飾られていた。彼と再び出会うのは映画「地獄の黙示録」のなかで。

東映やくざ映画は絶頂期を終えようとしていた。正調やくざ映画から、シャに構えた企画へと変りつつあった。そんなときに出会ったのが、「緋牡丹お竜」の藤純子。館内で映画を始めから終わりまで録音、仕事場にもちこみ、朝から晩まで聴きまくり、ひんしゅくを買っていた。渋谷の映画館で上映されていたときには、最終日の最終上映に合わせて出かけ、翌日の上映用ポスターに張り替えられるときを狙い、「緋牡丹お竜」をいただいてきた。これもいまだ手元にある。

森進一の「港町ブルース」で、なかにし礼の作詞の実力を知る。大学同期のシンさんと語り合ったものだ。

”背のびして見る 海峡を 今日も汽笛が 遠ざかる あなたにあげた 夜をかえして 港 港 函館 通り雨”

はじめの一節 ”背のびして見る” という表現に痛く感動したことを覚えている。後で知るのだが、なかにし礼さんは北海道で幼少の一時期を過ごされたとのこと。北海道から本土を見るのに、函館山から「背のび」しなくても見える本土に、なにかを感じて書いたのかもしれない。

この歌のもう一つ、北から南に歌われてきた港は、最後は鹿児島で終わっていること。沖縄はない。

”女心の 残り火は 燃えて身をやく 桜島 ここは鹿児島 旅路の果てか 港 港町ブルースよ”

すでに沖縄を日本に返還するよう、日米で煮詰まっていたときのこと。沖縄では、独立か日本に帰属するかが熱く語られていたようだ。決定とともに沖縄返還の大きな事業の一つ、「沖縄海洋博覧会」の企画が始まり、私はその計画に参加、車で右側通行の道路を走り、1$のステーキランチを食した(当時は街中でもドルが使えた)。東シナ海は私のテーマになり、やがて東アジアへと、南へ南へ興味は移っていく。

六十年代、私のおもいはみなこのころにはじまったように思える。エッ?今の生き方と繋がらない?いや生き様は変っていないのです。

Wednesday, December 14, 2005

[農暦11月13日] 朝霜

[農暦] 11月13日 [月齢] 12.7 十三夜月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

昨夜、土間においてある猫の水飲み場の水を補充しました。土間の蛇口をひねると、シャーベット状になった水が出てきました。キーンとした寒さです。

朝、庭先のデッキテーブルでは、磁器製の灰皿に朝霜がびっしり、爪で掻くとガリガリ音がします。本格的な冬です。辺りの樹木も葉を落としています。厳しい寒さは続くようです。

今日は朝から国会中継を見ています。建物の耐震偽造問題の件です。質問に立つ議員の質疑能力の違いがすごく目立っていますね。

Tuesday, December 13, 2005

[農暦11月12日] 桜切る馬鹿梅切らぬ馬鹿

[農暦] 11月12日 [月齢] 11.7 宵月 [潮汐] 若潮 [勝間の天気] 快晴
梅の枝が縦に伸びきってしまいました。部落の人がアトリエにやってきては、枝を切れきれとせっつきます。その度に「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」と言われてました。ここにきてようやっと枝落としです。思い切って剪定を深くしました。一寸梅をいじめます。来年の梅の実を期待してです。今年の梅の実は、梅干し、梅酒、梅ジャムと食卓を愉しくしてくれました。感謝です。

体中が痛くなり、日も落ちたので作業を終えます。東の空に満月間近な月が出ていました。携帯を手に、ナイトモードでシャッターを押します。一寸ピンぼけでした。

Monday, December 12, 2005

[農暦11月11日] 手のかかる猫・II

[農暦] 11月11日 [月齢] 10.7 宵月 [潮汐] 長潮 [勝間の天気] 快晴

予報に反して快晴、今は南西の空に宵の明星がやけに明るいのです。しかし、日が落ち、寒さが厳しいのです。

アトリエにはなんにでも興味を示す雄猫が一匹おりますが、示す際に鼻を押しつける、おかげでいつも鼻の周りが汚れている。おかげで鼻くそを取ってあげることが日課になってきました。彼もそれを知っていてか、汚しては私に近づき、訴える眼差しを投げかけ、おとなしくしています。

今日の夕方、彼が戻ると、なんと鼻の周りに黒い斑点が。ギョッとしましたが、すぐに気がつきました。畑で燃やした枯草の山に鼻を突っ込んだのでしょう。写真のかしこまった目つきがいいのです。

Saturday, December 10, 2005

[農暦11月9日] 今日は三億円事件の日

[農暦] 11月9日 [月齢] 8.75 九夜月 [潮汐] 小潮 [勝間の天気] 快晴

西目の林檎を畑に出ていた隣のばっちゃんにおっそ分けしたところ、今日、お返しがありました。白菜の漬け物と里芋。白菜はおっそ分けしたときに「持ってけ」と言われたものの、手に負えないと思ったのか、一夜漬けと相成りました。あっさりとした柔らかい白菜です。一寸物足りなかったので、柚子の皮と林檎の実と唐辛子を少し加えてみます。

夕方、akiさんよりskypeがありました。35年前の今日、三億円事件が起きた日であり、その時のことを覚えているか?と。もちろん覚えています。akiさんのblogに 「雨の追憶-図説三億円事件」という本と話が紹介されています。コメントを書き込みました。

Friday, December 9, 2005

[農暦11月8日] 着陸進路

[農暦] 11月8日 [月齢] 7.78 宵月 [潮汐] 小潮 [勝間の天気] 快晴

今日も快晴、昨日より風がわずかですが強いようです。夜空の宵月がとても寒そう。

冬場の風の強い日、羽田国際空港に向かう旅客機が勝間上空あたりを通り過ぎていきます。風向きなどによって使用する滑走路と着陸帯が設定されているはずです。どの程度の幅なのか、勝間がどこに位置しているのかは分かりません。

主に南から進入してきます。夕方の便の多いときは、二分間隔ぐらいで次から次に旅客機が現れます。見ていると退屈しません。わずかに聞こえるジェットエンジンの音と、金色に輝く姿が美しい。ときには突然裏山から南へ航路を取るときもあります。離陸便でしょうか。この写真がそうです。

Thursday, December 8, 2005

[農暦11月7日] ド快晴!

[農暦] 11月7日 [月齢] 6.67 弓張り月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

ド快晴です。空が青いのがよくわかりますね。しかし、深い青ではないのです。空気中になにかが漂っているんでしょう。中央アジアの砂漠地帯では、200キロ先の人間が見える、と言ったとあるパフォーマーがいましたが、勝間の青さでは全く無理ですね。(直接聞きました。東京から名古屋の距離ですよ、本当なんでしょうか。)

Wednesday, December 7, 2005

[農暦11月6日] Tabasco

[農暦] 11月6日 [月齢] 5.74 夕月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

タバスコを切らしたので近くのヤマヤで購入します。ヤマヤさん、エスニック商品を数多く並べており、よく覗きます。ラバッツァの挽いたエスプレッソ・コーヒー、ポリッシュ・ウオッカのズブロッカ、ガーリック・クッキーなどをここで手に入れます。期限切れを狙ってのクリーム・チーズなぞ破格値です。

香辛料大好き人間ですので、胡椒や唐辛子、ニンニクやタバスコは切らさないようにしています。タバスコの瓶を入れた箱にチラシが入っていました。Chipotle Tabasco Sauce、スモーク風味に辛みが絶妙とか。一度試してみなければ・・・

Tuesday, December 6, 2005

[農暦11月5日] 猫、木に登る

[農暦] 11月5日 [月齢] 4.89 夕月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 晴れ

訳の分からない行動にでるのが猫。夕方の散歩でも、突然コブシの木に駆け上ります。理由などないのでしょうが、しばしば見る光景ですから、きっと猫の世界では当たり前のことでしょう。

種が違い、族が違い、国も違えば訳の分からないことにも出会う、このところの世界を見てみると、そんなことがとても多い。しかし、わたしは猫とうまく付き合っています。腹立たしいこともときとして起きる、猫もわたしにくってかかる、それも一時、夜中には添い寝しております。

Monday, December 5, 2005

[農暦11月4日] 夕焼けの紅葉

[農暦] 11月4日 [月齢] 3.83 夕月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

昨日の薄暗く、薄ら寒く、憂鬱な雨模様と違って、今日は快晴です。車と電車を乗り継ぎ、千葉へ出かけてきました。あれこれ用を足し、用の足りなかったエスプレッソ・メーカーのペーパーフィルター購入だけを残し、アトリエの坂を上って戻ってきました。

栗林の木立の間から、真っ赤に色づいた裏山の雑木林が見えます。夕日が紅葉した雑木林をことさら引き立てていました。おもわず車から降りてシャッターを切ります。長い間滞在していても見たことのないほどの赤色でした。

Saturday, December 3, 2005

[農暦11月2日] 西目の林檎

[農暦] 11月2日 [月齢] 1.53 二日月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 曇り
山形の県境に近い秋田県西目の林檎が届いた。届けてくれたのは、近隣の宅配を請け負っているおばあちゃん。軽自動車で走り回っている。県道が渋滞しているのは、たいがいおばあちゃんの車が先頭にいるから。地元の人は慣れっこだが、他の人は追い抜いていく。

林檎が届くのはあらかじめ連絡が来ていました。おばあちゃんが重そうに縁側まで運んでくれます。その場で箱を開け、「ばっちゃんとこ、家族何人?」と聞く、「二人だよ」。これ持ってって、とビニール袋におっそ分けをする。ばっちゃん、顔のしわを倍にして「おんりゃ、正月がきちまった」。

写真は開けたばかりの箱ですが、空きが見えるのはばっちゃんの手元に。この林檎、すくなからずのお話があります・・・

林檎を贈ってくれたのは、昔わたしの事務所にいたスタッフ。今は家族で秋田で生活しています。なにかと気を利かせていただき、地元の、地元にしかない産品を贈ってくれます。

お礼のメールにたいして・・・

「昨年は台風塩害で実らず不作
今年は狂い咲で実らず不作
2年続きでりんご農家は泣いた。
(息子)の友達の祖父母が大事に育てたりんご
「実りが小さいから贈れない」と断られた
どうしても贈りたいとお願いして
「こんなのでいいのなら」と言って了承してくれた。
『来年は自慢のりんごで贈らせる』と言われた。
・・・」

いくら小玉な林檎でも味はよし、味がよければすべてよしです。西目のじっちゃんばっちゃんに感謝です。それに無理にでも説得して送ってくれた彼女に感謝です。

彼女の他に、西目から東京に出てきた友人がいました。十年来、一緒に仕事や旅やと充実したつきあいをしていました。その彼、このところ連絡がありません。なにか事情でもあるのでしょうか、懐かしさが増す今日この頃なのですが。 

Friday, December 2, 2005

[農暦11月1日] 裏山の雑木

[農暦] 11月1日 [月齢] 0.67 新月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 曇り

薄ら寒い一日です。アトリエ周辺の樹木、紅葉を終えて落ち葉へと移ろっています。

裏山の雑木ですが、手入れがされていないため、勝手気ままに大きくなってしまいました。昔は雑木に手を入れ、炭にしたり薪にしたりと、適当に切り倒されました。このまま放っておくと危ない、隣のばっちゃんが切り倒せといいます。素人には手に負えません。手間がかかるだろうと心配したりします。

Thursday, December 1, 2005

[農暦10月30日] 胡椒

[農暦] 10月30日 [月齢] 29.5 晦日月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 薄曇り

台北では胡椒売りが住宅の戸を叩くといいます。台湾にやってきたベトナム系中国人のおばさんだそうです。今年の春に分けていただき、その味に感動したものです。胡椒、今まではお店の棚に並んでいたものを入手していましたが、胡椒売りのおばさんがその場でブレンドしてくれた味には遠く及びません。そう、胡椒はブレンドが決め手なのです。

わたしは魚料理に胡椒は使いませんが、肉料理には欠かせません。ほとんど口にすることのない牛さんを食するときなぞなおさらです。変なソースなぞぶっかけた牛さんのステーキはご遠慮したい。ミディアムレアでも牛さんの肉汁は甘ったるい。その際は胡椒がいちばんです。お店はもっと胡椒に注意を払って欲しいものです。

[台湾土産にいただいた胡椒。黒・白・赤胡椒にグリーンペパー、後はどうブレンドするか、料理のマニュアル通りにはしない、絶妙にブレンドしたい]

Tuesday, November 29, 2005

[農暦10月28日] 家にまつわる三つの点景

・年の瀬を迎え、郵便受けに喪中はがきを目にすることが多くなりました。その中に一枚、台湾の取材に同行したことのある方からのものです。お父上が六十歳で永眠されたと記されてあります。若くしてお亡くなりになったことを知りました。

早速お悔やみのメールをさし上げたところ、「・・・父は自然が大好きな人で、退職したら富士山の見える山荘で農業しながら過ごしたいとしきりに言っていて、それを私が設計する、という目標がありました・・・」との返信です。ご冥福をお祈りします。

・海辺のおんぼろな家を建て替えたい、余命四ヶ月と知った建築モデル制作者が願った映画を、昨夜のテレビで放映していました。「海辺の家」、原題は「Life as a House」。バラバラになった夫婦と子供が、家を建て替てかえる過程(セルフビルドです)で最後に一つになる、とても涙のお話です。昼間届いた喪中はがきを思い出してしまいました(映画の話とは内容は全く違います)。

[写真は、蓑虫が廊下のガラス戸を、巣を背負いながら冬を越す場所を探している姿です] 

Monday, November 28, 2005

[農暦10月27日] 絵手紙・秋まっ盛り

[農暦] 10月27日 [月齢] 26.3 有明月 [潮汐] 若潮 [勝間の天気] 晴れ

季節の絵手紙、今回は丸い和紙に描かれていました。「秋まっ盛り」という言葉、勝間では少々季節はずれになってしまいました。日が落ちるとともに、早々と闇が訪れ、急激に気温も下がります。「冬の足音」なんて感じでしょうか。

しかし、制作意欲盛んで、うらやましい限りです。わたくしめは足腰を鍛えて、畑の土を掘り起こさなければなりません。

Sunday, November 27, 2005

[農暦10月26日] 簡素で上質に生きる-ターシャ・テューダーおばあさん

[農暦] 10月26日 [月齢] 25.1 二十六夜月 [潮汐] 長潮 [勝間の天気] 晴れ

合衆国、バーモントの森の中のターシャおばあさんの生き様、NHK土曜特集でみせたターシャおばあさんの姿。近道を探さない生活。

自らが作り出した四季の庭、四季の草花、実りの果物、コーギー犬と鶏と喜びのなかの生活、簡素で上質に生きる九十歳の姿。爽やかな一時間でした。

「ターシャ・テューダーの世界」 ブックグローブ社

[追記] 大切なことを書き忘れました。このことのために日記を書こうとしたのです。番組の後半に、「・・・わたしももう年です、(地球から借りた大地を使って)わたしの世界をつくってきましたが、そろそろ元(自然)に戻してあげたいと考えています・・・」。多くを地球から借りて生きてきた私たちです。考えさせられた一言でした。

Saturday, November 26, 2005

[農暦10月25日] 落ち葉焚き

[農暦] 10月25日 [月齢] 24.4 有明月 [潮汐] 小潮 [勝間の天気] 快晴

積み込んでいた雑草と落ち葉、このところの陽射しでよく乾燥しました。火を入れて燃やします。白い煙が気持ちいい。煙が炊き出す香りが鼻にやさしい。風のない昼下がり、落ち葉焚きには最適です。これでとりあえず家の周りの冬支度は終わりです。後は畑を残すのみとなりました。  

Friday, November 25, 2005

[農暦10月24日] 超能力の秘密

テレビ番組で、ある大学がおこなった障害者の持つ特殊能力について報告していました。それによると、視覚障害者は、健常者と比較して、会話を録音した速度を3倍程度の早さにあげても聞き取ることができるというのです。
実験に参加した女性曰く、「普通の人たちが(三倍の早さの会話を)理解できないことが不思議です」。大学教授曰く、「視覚を失っている分、それを聴覚が補おうとした結果ではないか」・・・ [仮面ライダーは超能力者、なぜなら変身できるのですから]

テレビを見ていても、確かに健常なわたし、聞き取れません。よほど緊張して理解しようとしなければ、いやそれでも厳しいかもしれません。この実験に参加した視覚障害者は十人といっていました。どのようにして選ばれたのかについては言い及んでいませんが、確実に超能力の持ち主たちです。

密教の瞑想法を会得したといわれている空海は、多くの教典すべてを暗記していたといわれています。『求聞持聡明法』という瞑想法を会得、教典の頁をめくり続けるだけで内容を記憶できたそうです。本当かどうか分かりませんが、教典の暗記の話は確からしい。

五感は鍛えれば拡張できる、素直に同意します。視覚障害者が超能力を会得したのも、関係あるのではないでしょうか。わたしなぞはもう十分遅いですが、若ければ若いほど可能性は広がるはずです。瞑想してみましょう。

Thursday, November 24, 2005

[農暦10月23日] 人命に関わる仕事

[農暦] 10月23日 [月齢] 22.4 弓張月 [潮汐] 小潮 [勝間の天気] 快晴

小春日和、アトリエの周りの枯草を刈り取ります。冬支度。畑の土を豊かにしなければなりません。堆肥の準備です。枯れ葉、近くの養鶏場から分けていただく鶏糞、無人精米所に残る米ぬか、そして市販の油かすを使います。来年の豊作を願って。

夕方、猫の散歩に付き合います。小径の紅葉は今が盛りでした。

・同じ仕事柄、問題となっている構造計算書の偽造、他人事といえません。わたし自身、人命に関わる仕事をしていること、肝に銘じなければなりません。

Wednesday, November 23, 2005

[今日のNOKIA] 256MB DV MMC Card

Nokiaのカメラ携帯、N90を購入時、256MBのDual-Voltage MMC Cardも入手しました。単体では二千円超、しかしそれだけ発送してもらえば、郵送料は同額と思った方がいい。同時購入の理由です。N90に差し込んで 使っていますが、意外なときに意外な落とし穴がありました・・・

以前にも、702NK発売時に128MBのMMCカードを認識してくれないという報告がありましたが、同じことが起きています。ソフトウェアをMMCカードにおいている分には何も起こりません。問題は、カメラ携帯を活用しようとする際に起きました。画質をもっとも高い1600X1200ピクセル(Nokiaではプリントモードと呼んでいます)で撮影をすると、時としてフリーズします。しかし800X600モードでは問題は起こりませんし、同封の64MBでプリントモードで撮影しても問題が起こらないことを確認しています。

現象として、シャッターを切った後もオートフォーカス・マークが消えません。または消えるまでに時間がかかる。そのような状態では、シャッター音の後にシャッターが切れているようです。これではシャッター・チャンスを逃してしまいます。

これを解消させようと、カードを一度抜いてみたり、携帯本体のオン・オフを繰り返しても解決されない場合がありました。一寸心配ですね。

64MBと256MBのカードは、写真で見るように接点の数が違います。この違いが何によるのかはわたしには分かりません。今ではMMCカード自体はNOKIA専用といってもいいかもしれません。そんなこともあって、NOKIAは新しいモデルで何かを仕込もうとしているのでしょうか、接点の違いに期待するほかありません。

しかし、容量が変ると使える機種と使えない機種があるというのはいただけませんね。


[農暦10月22日] 勝間のタヌキ猫

[農暦] 10月22日 [月齢] 20.6 宵月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

「ねこのきもち」という雑誌が最近発刊されています。今までのペット雑誌の、「かわゆーいのだ!」満載とは一寸趣が違う。猫といかにコンタクトを取るかというのが狙い。同じ言語体系を持たない人間と猫、食事がすすまない、病気じゃないか、ホンとはわたしがじゃまなのではなどなど、人様はいたく心配するのですが、では猫にとっての本音は?など切り口が面白い。

アトリエの猫どもはわたしにはかわいいし、添い寝してくれたりすると勝手に喜んでいるし、おなかがすかないと寄りつきもしない等々、彼らは勝手気ままなのです。一応は距離を置いている。それでも仕草がいたく魅力的で、写真を撮るのに追い回したりもします。しかし、所詮言語体系は違うわけで、最後はボディーランゲッジに行き着いてしまいます。

Monday, November 21, 2005

[農暦10月20日] 暖房費節約

[農暦] 10月20日 [月齢] 19.1 更待月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 快晴

急激に気候が変化、気温の低下が著しい。朝方には、室内といえど五度以下を指すこともあります。日本の気候風土で、冬場をいかに燃費を節約して過ごしていくか、古い民家はあまり考慮されていません。アトリエとして移ってきた際にも対応しませんでした。

おかげで室内といえども寒いのです。そこで簡単な道具でしのぐことにしています。作業場のテーブルは椅子式コタツ、熱源は灯油、灯油ストーブからフレキシブルパイプで温風をコタツの中に引き込みます。設定温度が16度、室温6度でも十分暖まれます。室内は控えめに、足元は暖かく。この方式、このあたりで採用されている節約方法です。これ、見かけはあまりよくありませんがKatsumaStyleです。 

[農暦10月21日] 染め付け絵師の女

先日購入したDVD、孫周(sun1 zhou1)という監督の中国映画「周漁的火車」(zhou1 yu2 de5 huo3 che1)、日本では「たまゆらの女」に、中国の風景はこんなに綺麗だったろうかと驚かされました。同時に主人公のコン・リー(gong1 li4)演じる陶器の染め付け絵師の女性の生き様は、蘇州での出来事を思い出させるものでした・・・
三年前、わたしは日本と蘇州の間を行き来していました。仕事のためです。高級別荘地を旧市街の一角に計画しようというものです。

初めて訪れたときのことです。投資家のお一人から、私たち計画者はお酒をごちそうしていただきました。「蘇荷天地」という、ゆったりとした空間を持った、蘇州の伝統的意匠をモダナイズしたすばらしいクラブです。ここでわれわれはお店の女性たちと話をし、歌を謳い、お酒を飲んでいました。中国ではみられない行き届いたサービス(いい意味での接客ですのでお間違えなく)を受けていました。

わたしの相手をしてくれた女性、がっしりとした体格、落ち着いた物腰、黒の意匠がよく似合う。話の仕方も歌の相手もできる。なかなか魅力的です。年齢は三十代半ばぐらいでしょうか。出身地を聞きます。景徳鎮、陶器の町です。店に来る前の仕事を聞きます。染め付け絵師。それでは何か絵を描いてくれないかと頼みます。彼女、コースターを手にボールペンでさらさらと描きました。壺絵などに出てくる女性の顔が描かれていました。見事でした。筆をボールペンに持ち替えても、しっかりした線を描くことができます。彼女の話は客相手のそら言ではありませんでした。父親も絵付け師として、その教育を受けてきたのだといいます。

なぜ景徳鎮から出てきたのか、簡単に想像できます。中国は国営企業の民営化を早々と始めていました。輸出産業として作り続けていた陶磁器の景徳鎮でも同様です。そのあおりを受けた一家、働き場を失った結果の蘇州生活。おそらく結婚もし、子供もいることでしょう。あの落ち着き方でわかります。

クラブの一室はにぎやかに時間を迎えました。「差不多ba(口+巴)!」(そろそろでしょう!)という一声で、一同落ち着きを取り戻します。招待していただいた方は、店の女性全員にチップを渡し始めました。そのときです。景徳鎮の女性きつい声が狭い部屋に響きわたりました。

「冗談じゃないわ!私たちのチップは○○○元何かでは少ないわ!こんな席になんかいられない!さあ××(別の女性の名前)、いきましょういきましょう!」

あっけにとられている我々の目の前から、彼女は悠々とでていってしまいました。
「おーおー、気の強い女だ」とか「すごいね」なぞとわたしと友人が話していると、投資家の人が大声を上げます。

「あの女の名前はなんという!総経理を呼んでこい!」

と、すごい剣幕です。そうですメンツが立ちません。それに女性は失礼です。いくらチップで生計を立てているとはいっても、チップは客の気持ちです。それを大声で罵倒するようでは仕事は勤まりません。しばらくして総経理がとんできました。ことの成り行きを一通り説明すると、総経理がマネージャーに女性を呼びにいかせます。

彼女、やってきました。やってきたのはいいのですが、わたしに謝ります。これも筋違いです。「わたしじゃない、あの方に謝りなさい」。彼女、一通り頭を下げ、一言二言口にして部屋を後にします。総経理「大変ご迷惑をおかけしました。彼女はすぐさま辞めさせます」。

後日訪れた際、彼女はすでにこの店にはいませんでした。いくらわたしには魅力的な女性に映ったとはいえ、中国全土を覆う「拝金主義」は、人間関係すらずたずたにしてしまうのでしょうか。

仕事の方はどうなったかといいますと、あまりの一等地での計画だったため、開発許可を得るのに国の審査が必要になるなど、条件は厳しくなるばかり、結局投資家たちはこの計画を中断してしまいました。 

Saturday, November 19, 2005

[農暦10月19日] やっぱり「大菩薩峠」

[農暦] 10月19日 [月齢] 16.6 居待月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 快晴
芝愛宕山の麓の住人、「ふたまたくん」(久世光彦氏の著作にしばしば登城するのは彼です)から「大菩薩峠」と大逆事件との関係を聞いて以来、このことを気にしながら本を読んでいました。

読み終わるまで、人の解説は読むまいと思っていたのですが、歴史上の事件なだけに、ついついウェッブ検索をかけてしまいます。一通り目を通しますが、毒にも薬にもなりそうにありません。ただ一つ引っかかったのが<松岡正剛の読書術ー中里介山「大菩薩峠」>、これはまずかった・・・
何がまずかったといって、話の展開を種明かししていること。筋がありそうで全くない話ですが、彼なりの解説が的を得ているので、全体が見えてしまう。彼なりの全体とはいえ、時代背景も含めて述べているのでやはりまずかった。
ではわたしの勝手な引用を羅列してみますと・・・

------松岡正剛の読書術ー中里介山「大菩薩峠」から

・ 机龍之助のモデルは北一輝だという説がある。机龍之助の剣をラスコーリニコフの斧に、その性格をスタヴローギンに譬えた例もある。
 中里介山に、北一輝が二・二六事件の首領として代々木原で処刑された直後に詠んだ「北一輝の判決を聞く」という詩があった。どうも浅からぬ同情を寄せている。詳しいことはわかっていないようだが、二人には並々ならぬ交流もあったとも聞いている。

・ (本の大筋を述べた後)ざっとこういうことなのだが、さて、ぼくが『大菩薩峠』をなぜ読み始めたかは、そのきっかけをすっかり忘れていた。
 おそらくはそのころ、半村良の『妖星伝』で火がついた伝奇ロマン読み耽りが、自分のなかでも下火になってきて、もっと痛快なものはないか、もっと興奮覚めやらぬものはないかと白井喬二の『新撰組』や国枝史郎の『神州纐纈城』を読んで、やはりこれは中里介山だと一念発起したのだったとおもう。
 一頁読んで、たちまち虜になった。これは少年時代は別として、大人になってからはアレクサンドル・デュマの『モンテ・クリスト伯』以来のこと、のちには滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』まではなかったことだった。

・ そう思ってこの文章を閉じようとしていたら、そういえば鹿野政直が『大正デモクラシーの底流』(NHKブックス)で、介山と『大菩薩峠』の意味を書いていたことを思い出した。
 しかもそこには、『大菩薩峠』がついに慶応3年のままに終わっていて、決して維新に入りこまなかったことにふれ、かくも大胆に維新の意義を否定したのは日本の歴史学には皆無であって、ひょっとしたら中里介山はそのような歴史観をもっていたのではないかというようなことを書いてあったはずである。

・ 中里介山が自由民権運動にも縁深い東京郊外の多摩の地に、社会主義青年として育ったこと、それにもかかわらず介山がずっと反近代主義に共感しつづけたこと、どうやら出発点はここにある。

・ 介山がキリスト教に惹かれ、それ以上に仏教に惹かれていったのは、このときである。かくて介山は「上求菩提下化衆生」という言葉を抱いて『大菩薩峠』を書きはじめることになる。

・ 介山が国家に包摂されない人間ばかりを好んで描いたことは明白である。それは介山が維新後半世紀をへた日本にそうとうに失望していたことをあらわしている。
 単なる失望ではなく、希望すべき階層や人物を見だしえなかったという失望であった。

・ それだけではなかった。ここで介山はいっさいの理想の現実化を捨てて、むしろ農本主義に戻ろうとする。第38巻「農奴」にはその転回が描かれる。また、『大菩薩峠』の途中でありながら『百姓弥之助の話』を書いて、百姓道を提起する。

・以上が、鹿野政直が『大正デモクラシーの底流』にのべた介山思想の概観に、ぼくが勝手な感想を交えたスケッチである。

------松岡正剛の読書術ー中里介山「大菩薩峠」から
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0688.html

ここから拾ったキーワードには

・明治維新の意義を否定
・反近代主義に共感
・農本主義に戻ろう
・国家に包摂されない人間ばかりを好んで描く
・仏教に惹かれる
などなど、わたし好みの言葉が並んでいました。

一昔前なら絶対に目を向けることのなかっただろう「大菩薩峠」、時代が読めといっているのでしょう。

Friday, November 18, 2005

[農暦10月17日] 炭を焼きたい・・・

[農暦] 10月17日 [月齢] 15.6 立待月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 曇り

小学校時代の友人から連絡が。炭を焼きたいといいます。彼、武蔵野で代々の農家です。いまは川越でポインセチアの栽培を手広くしています。NHKの園芸教室などで講師をしたこともあります。

川越の平坦な広大な畑地の中、観賞用にと孟宗竹を植えたそうです。しかし竹は元気です。どんどん領地を拡大中とのこと。切り倒して燃やしてしまうのも興がない、どうせなら竹炭にしてしまえ、ということでわたしを思い出しました。彼とわたし、かつて勝間の炭焼き人を訪れたことがありました。

炭焼きはその燃料の確保が大変、彼、燃料となる薪にもととなる雑木林を持っていたかな?

[写真:燃えるものなら何でも炭にできるそうです。見事に焼けた木の実と松ぼっくりの炭]

Thursday, November 17, 2005

[農暦10月16日] 晴れ、そして晴れ

 [農暦] 10月16日 [月齢] 14.6 十六夜月 [潮汐] 大潮 [勝間の天気] 晴れ

夕刻、晴れ、夕日に竹林と雑木林が紅い。
日没、晴れ、雲の消えていく西の空。
夜、晴れ、満月に辺り一帯を見渡せる。
一日晴れ、寒さ厳しい、初冬の勝間の風景。 

Wednesday, November 16, 2005

[農暦10月15日] Nokia N90の表現力

[農暦] 10月15日 [月齢] 13.6 満月 [潮汐] 中潮 [勝間の天気] 曇り

NokiaのN90というカメラ携帯を手に入れてほぼひと月が経ちます。このblogの写真に幅が出てきたなと感じられたならば、それはN90によるところが大きい。口うるさい仲間からも一定の評価をいただき(バキッ)、一寸紹介などしてみることにします・・・

このblogの写真のほとんどは、702NKという携帯電話のデジタルカメラで撮影してきました。どうしても表現できないものはKonicaMinoltaのDimageX31というお手頃デジカメを使っていました。ただDimageX31、オートフォーカスが苦手です。近場の小さな被写体に焦点を合わせるシーンでは小さな被写体にフォーカスがあってくれませんでした。

N90という携帯電話、Camera Phoneと名乗っています。画素数は2MBと最近の日本の携帯ではではごくごく普通、レンズはCarlZeissのTessar 2.9/5.5 Autofocus、レンズが悪いはずはないだろうと、本体の質感の良さも手伝って購入してしまいました。

携帯電話としてみれば破格、同等性能のデジカメとしてみれば高価、スマートフォンならばそこそこ、日本語でメールができない携帯と考えれば無駄遣い。しかし嗜好品は使ってみて善し悪しが分かるもの、この携帯のデジカメ部分を普及型のデジカメと比較してみると・・・

・マクロが強い 
・レンズがソフト 輪郭にエッジがたたない
・焦点深度が浅い 絵が柔らかく、適当にぼける
・優れたオートフォーカス フォーカスを合わせやすい
・レンズが明るい 夜景に強い

もちろんすべて完璧なんてことはありません、欠点を挙げると・・・
・グリップがしっくりこない 本体が薄い分、握りにくい
・シャッターボタンを押しにくい ボタンが小さすぎる
・20倍デジタルズームは使えない 画素数が2MPでは記録できるという程度

そんなカメラ携帯の標準的な映像をちょっと・・・
(原画はサイズ1600X1200、それを640X480にリサイズ、ファイルも100K程度に落としています。元は500kから1MBにもなります。)
(撮影モードは自動で撮影しています。手動でもいろいろな設定ができますし、設定も撮影画面から簡単にできます。)


・マクロは強い! 被写体約5センチまで近づけます。
・レンズがソフト
焦点は猫の顔に、脇のドライフラワーはわずかですがぼけています。猫の輪郭の毛は潰れていません。輪郭を立てていないのがいいですね。
・ソフトフォーカス
背景は適当にぼけています。偶然写りこんだ蜘蛛の糸まで表現されています。
・夜景に強い
撮ってから気がついたのですが、色がよく乗っている、照明の違いもそのまま表現されています。
・苦手なのは遠景
 特に樹木の葉など細かい被写体が寄り集まる場面では、解像度の低さがそのまま出てしまいます。
・スキャナーも顔負け 
 新聞の挿絵から、文字は一般の記事より小さい、しかし鮮明で解読が十分可能です。
・ビデオもそこそこ
MP4 format high-resolution (352 x 416 pixels)、15fram/sec。無修正のキャプチャー画面です。

個人的な印象としては、レンズが明るく、色ののりが濃いめ(Kodakっぽいか)、画像がソフト、ボケを撮りやすい、などなどわたし好みといえます。液晶画面もハイレゾで見やすく、とても操作し易い。これで日本語が扱えればいうことはありません。ノキアさん、何とかしてください。