Sunday, June 24, 2001

[勝間通信」 ハンディー太陽熱充電器を使ってみる

幕張の仕事が終わって暇ができました。このまま暇のママ過ぎてしまっては困るのですが、まずは事務所移転に本腰を入れなければなりません。

身の回りに目をやると、勝間は雨後の竹の子と雑草で覆われそうです。二週間、三回に分けて草刈りを終えました。さっぱりとした気分ではじめに取りかかった場所を見てみると、もう草が伸び始めています。一呼吸終えてまた取りかかることにしましょう。

・腰にぶる下げ電池を充電 ハンディー太陽熱充電器を使ってみる
(写真)左からPDA/Handy Solar Charger/携帯電話充電器 どれも単4充電乾電池使用
 いつも持ち歩いているバッグには乾電池を使った道具が結構あるものです。CD・MD・MP3のミュージック系、デジカメにPDA、携帯電話の充電器、それに予備の乾電池等々。私は音楽系は持ち歩いていませんが、それでもかなりの乾電池を消費します。以前は使い捨てにしていましたが、一週間程度で5,6本もコンビニの回収ボックスに投げ込むのは気が引けるものです。かわってニッケルメタル水素充電池にしました。夜、充電器に差し込み、翌日換えをバックに納めてでかけます。

しかし勝間に移って、どこまで外からのインフラに頼らないで過ごせるかが一つのテーマだったのですから、電気も出きるだけ使わないで済ませたいものです。そこで目を付けたのがソーラー充電器。以前からあれこれ目にしていたものの、諸兄の使用感はおもちゃの域を出ないという意見が多かった。一応の評判を得ていたのがHPの表紙を飾ったもの。基本仕様は、乾電池タイプ充電池の充電ですので、汎用性があります。別途ケーブルを購入すれば、携帯電話・PDA・3Vデジカメなども接続、充電できます。

(写真)そのほかの乾電池使用機器にも有効 使い回しができ無駄がない

先日試してみたところ、仕様マニュアルに記してある目安、単3フル充電に14時間とありましたが、3時間も太陽に晒してみると、その日に使う分は十分なようで、電池切れの警告が出るようなこともありませんでした。ただ、単4電池では過充電になるむね書かれていましたので、電池を痛めないよう注意が必要なようです。本体価格は4千円ですから、べらぼうという値付けでもありません。

いままでのこの類で一番腹立たしい思いをしたのは、デジカメ。使い捨て専用電池が増えてきましたから、とても高価な電池を都度購入しなければならないこと。それにこれがすぐに底をついてしまいます。いざ撮影というときに警告ランプがつく、予備を持ち合わせていないときは車で探しに走り回らなければなりません。台湾で田舎に出かけるときには二つ三つ予備が必要です。最近、高解像度のデジカメや一部のPDA(下の写真のPDAは最新のものですが、一般電池が使えます)でも汎用乾電池を使えるものがありますので、それに移行させたいなと思っています。そうすれば日が照っている場所ならどこでも電気が得られます。サバイバルにはもってこいですね。

Thursday, June 7, 2001

[勝間通信」 どうみても五月は夏

久しぶりの勝間通信です。 本業の設計の仕事が竣工を迎え、その対応に右往左往していたからです。右往左往するとは、いい加減な仕事と思われるかも知れませんが、時代の要請に対応していたというのが正解でしょうか。

 幕張で集合住宅の設計に携わっていましたが、入居者内覧会で新しい住民から要望がでてきては、変更を繰り返していたからです。一昔前まではそんなことはありませんでしたので、時代が変わったというのでしょうか、ルールが壊れたというのか。今後の参考にしていこうと思っています。

わが家の畑からの眺め
・どうみても五月は夏

 木々や畑とともに生活していると、五月は夏です。そう考えると、学校の夏休みは夏の終わりから秋の始め、お盆は夏の終わり。田舎で生活してきた人たちにとっては当たり前だったのでしょうが、都会育ちはカレンダーが四季の目安。ほんの少し前までは、旧暦(台湾では農歴と呼ばれています)が使われていた場所も多かったようですし、実際、勝間のこの辺りでも作業の目安は旧暦で行っているようです。

 今日から日本列島の大部分が梅雨入り、雨期に入ったわけですね。雨期は夏、東南アジアと同じ、北に位置している分遅く始まります。

田圃の土起こし(撮影は5月始めです)
・棚田の田圃

 勝間の田圃は苗付け時期に悩んでいました。雨が少なかったからです。例年なら、4月の終わりまでには周辺一帯苗は植え終えていたのですが、平地より30メートルほど高い位置にあるここの棚田では、湧き水が少なく、先が読めないまま5月の連休に苗を植えました。

 幸いなことに、その後適当な雨があり今では稲は元気のいい姿を見せています。



Monday, April 23, 2001

[勝間通信」 勝間は水不足に悩んでいます

 勝間は水不足に悩んでいます。雨が圧倒的に少ない、例年の15%というからひどいものです。ばっちゃんの田圃の溜め池に見事な鯉が飼われていますが、水不足、湧き水が期待できない、このままでは田圃に水が引けない。

 で、鯉をとるかお米をとるか、バッチャンは悩んでいました。残念ながらこのままでは合鴨まで水が回ってきそうにありません。先日の一雨も期待ができませんでした。 (メールで、「水不足は裏山の産廃が原因」とお話しした方には訂正いたします)

・竹の子の初物

 ついに竹の子の季節です。十日ほど前から、裏山の竹林に人が入り始めました。それからは隣のバッチャン、下の偏屈さん、みなさんが土間に竹の子を置いて いきます。ただ、今年の竹の子は水不足、刺身で美味しいとはいきません。ややエグイ、やや堅い。で、竹の子の混ぜご飯。これが一番でしたね。一週間続きま すのでやはり飽きます。今仕事をしている幕張の現場事務所に持っていき、みなさんに一口ずつ食べていただきました。

・辺りは緑、庭は満開!

 辺り一面緑の海。いや、雑草が押し寄せてきました。これからは肉体を鍛える季節。そのなかにタンポポの絨毯。我が棚田のタンポポはニホンタンポポです。3年前、始めてこちらで見たタンポポは、西洋タンポポとニホンタンポポが半々でした。繁殖力の強さは西洋タンポポです。で、保護政策を採った結果今ではニホンタンポポで埋め尽くされます。

(左)庭のぼけ (右)土手/黄色がれんぎょうピンクがぼけ (4月18日撮影)

Monday, April 16, 2001

[勝間通信」 今年こそ!-合鴨用に池が整備された

 忙しさか、落ち着かないのか、HPの更新が遅れました。ネタだけは溜まっていくのですが。で、次回からはさぼらずご提供していくつもりです。

 昨年はほとんど人様の胃袋行きとなってしまった隣の合鴨、今年はちゃんと田圃で動き回ってくれそうです。週末、隣のお父さんが湧き水を溜めている小さな池を掃除していました。池から田圃までの溝も広げて、網を張る予定だそうです。なにしろ、我が家の猫子は野獣ですので、小鳥を片っ端から捕まえてしまいます。おかげで我が家周辺の小動物の生態系が変わってしまったくらいですから。注意注意。田圃で遊び回る合鴨、見てみたいですから。


左の写真は、杉花粉が飛び散った瞬間です。花粉症でお困りの方には目に毒ですね。しかし、見ている分にはなかなか美しい一瞬です。生憎、私はまだ花粉症に悩まされていません。春先、強風が吹くときには、縁側で目の前の杉木立をのんびり眺めるのが老後の楽しみ?になりそうです。いよいよ杉の子があちらこちらの土の中から芽を出し始めます。あちこちですから抜くのに一苦労。

右の写真は満開の梅。枝振りが悪いのは、隣のバッチャンに剪定せい!と言われたため。ひょんひょん伸びた枝を落としたところ、写真のような様に。この梅、ここ二年間実がなっていません。「桜剪る馬鹿、梅剪らぬ馬鹿」の謂われに従ったところ、評判だったこの梅の木、実が付かなくなってしまいました。勝間に移って始めて収穫した大量の梅の実を、梅エキス・梅ジュース・梅酒・梅干しと、梅づくしできたのですが。梅エキスなどは、匙の先にほんの少しつけてなめるだけで、畑の疲れが吹っ飛んでしまったものです。さあ、今年はどうでしょうか、21世紀に生き残るためにも梅が実を付けることを祈るばかりです。

Thursday, March 15, 2001

[勝間通信」 大風邪でダウン

  先々週、台湾に着いたときから気になっていたのがその気候。薄ら寒くて肌が刺されるような湿気。人曰く、台湾の年間を通じてもっとも最悪な時期、だったようです。おかげで行動は緩慢になるし、同行の小説家には「やる気を無くしていくのがよくわかった」といわれてしまいました。
 結局日本に戻ってみると、発熱・悪寒・疲労ともっとも最悪な組み合わせで床に伏せることになりました。別の人曰く、「日本が寒い時期にはもっと寒い場所へ、日本が暑いときはより暑いところへ旅するのが身体にはいい・・・」。有道理。

・突然の同窓会ー21世紀の「農」を目指して?

  風邪が治ったか!と思った日曜日、突然小学校時代の友人から電話が入りました。近くまで来ているので寄るというもの。上に掲載した写真は、そのとき撮影したものですが、男たち3人(私も入れると4人)に共通しているのは農耕。

 一人は本家本元の農業、入間でポインセチアの園芸栽培を生業としている。NHKに講師ででていたりします。他の一人は合衆国西海岸のサンディエゴでスーパーを何軒か開いているのですが、夢は自分の店先に自分で育てたオーガニック野菜を並べること。そのためにパロマ天文台に近い山間の土地25ヘクタールを購入したばかり。残りの一人は養老渓谷の民家を現代的に改築し、そこでの農耕生活を目指そうとしている大学の講師。

21世紀の農業を背負う男たち?になりえるか (3月10日撮影)
途中参入の農耕者の問題点は、「ところで誰が耕すの?」でしょう。「明日はやるぞ!のために前の晩はお酒が入って・・・」とは奥方の話。サンディエゴの場合は、さすがに広域ですから一人二人でというわけにはいきません、「ヒスパニックを何人か雇って・・・」で、夢の実現にはまだまだ先の話、というオチになりかねません。私とて同じようなもの、小型耕耘機を購入したものの、最後はやはり体力勝負と相成ります。

 我々の希望を語り合う脇で、となりのバッチャンは芽吹き始めた畦の雑草を軽快に刈り取っておりました。


Wednesday, February 28, 2001

[勝間通信」 今年も御幣が路辻に

立春とともに、今年も勝間では春を迎える行事が始まりました。その一つが春祈祷、豊作を願って部落の入り口になる道筋に御幣が祭られます。我がアトリエは、かつて勝間から隣り部落への道筋にあり、ウグイスラインという自動車道路が整備されるまでは小中学校の通学路になっていました。いまでは山の中に入る人しか使っていませんので、我がアトリエ専用の路になってしまいました。

  部落からこの路にでる辻には道祖神が建てられています。このあたりの尾根沿いの路にはよく見られます。そこで部落の人たちは、豊作の神様に部落に留まっていただくよう祈願をかけた、それが春祈祷です。恐らく、農業を生業とする地方の多くでは、このようなことをしたのだろうと思われます。勝間部落では、老人会がこの行事を毎年続けているのだそうです。

 真新しい和紙と藁と竹でできたこの祈祷を見ると、春の到来を視覚的に感じさせてくれます。いよいよ畑の準備、昨年は水不足で小振りのものしか収穫できませんでしたので、今年は豊作を祝うことにしました。

(写真)かつては隣部落へ続く路、今ではアトリエ専用路

Monday, February 12, 2001

[勝間通信」 春が山から下りてきたはずだったのですが・・・

 2月4日は立春、勝間の乾いた色合いが急に変わり始めました。薄緑色が加わったのです。それに蕾だった梅が一輪ついに開きました。目に見えて春がやってきたのがわかります。

 勝間の棚田では、春は他でも知ることができます。毎年今頃、裏山の奥から鵞鳥の群のような鳴き声が始まると春なのです。一晩かけてこの鳴き声は山を下りてきて、まだ冷たい田圃の中で消えます。春がエルの求愛の音です。朝早く、蛙の群はまた山に戻っていきます。平穏な風景の中に、田圃には数多くの卵が残されます。

 ところが今年はどうでしょう。立春の翌日に聴いたラブソングは、その日の夜の雪とともに今日まで聞こえてきません。彼らはまた地中に戻ってしまったのでしょうか。

・勝間アトリエの気温変化を掲載します 
 
今回から、勝間アトリエの気温変化を載せることにしました。
左側のレベルが室内、青の棒グラフがその日の最高気温です。右側のレベルが屋外、赤の棒グラフで表されています。2月2日、立春の前が寒かったですね。ほぼ2.5度でした。屋外の測定器は、北側屋根庇裏に設置しています。日に当たることはありません。屋内は北側6畳、暖房はしていません。寝室に使っています。

 気温の他に、湿度・風向・風速・風力・気圧・降水量が測定できます。特徴がでたときには、ご紹介していきたいと思います。

赤:屋外(右) 青:屋内(左)