Thursday, April 4, 2002

[勝間通信」 この異常な暖かさ、隣のバッチャンは野菜のできを心配している

 早い!暑い!勝間は初夏。田んぼに水を引いていた隣の畑のバッチャンに聞く。

 大 「暑いですね。田植えも早くなるんですか?」
 バ 「苗はいつも通りだよ」
 大 「ふーん」
 バ 「野菜が心配だよ。野菜だっていつ生長するかわかってっからね」
 バ 「こんな暑さが続けば、今年は(野菜は)みんなやられっちゃうかもな」

 道理ですね。畑からは世の道理教わりますね。

代々木の事務所にいたときには気がつかなかった
菜の花の香りが風にのってやってきます
しかしこの気候、例年より庭にでて朝食を取ることが早まりました。でも、夏はどうなってしまうのでしょう?いや、自然の摂理でけっこう秋が早まったりするのかもしれません。

アトリエの庭 例年なら5月はじめの光景です

[勝間通信」 ブリキ猫の贈り物

 昨年初冬、彫刻家で東アジアを一緒に旅した小林梨風氏が友人とアトリエにやってきました。私同様ネコフリークの彼は、我が家の猫どもをカメラに収めていきました。その時の返礼として、先日ブリキイタでつくられたレリーフ?が手元に届きました。さっそくアトリエの入り口、表札の上に取り付けてみます。(梨風さんありがとうございました)

アトリエ入り口のブリキ猫 (作者:小林 梨風氏)

[勝間通信」 裏山はイヌ棄て山か?民度が問われる千葉の経済環境

 先日、知人が勝間にやってきた。「猫びより」という雑誌の編集をしている方だ。うちの子供たちも何度かご厄介になったことがある。彼女はいずれは農家に住んでみたいというご夫婦と同行した。我々はアトリエの周りを一通り見たあと、裏山の奥にある牧場を久しぶりに訪れてみた。

 上総は丘が多い。丘のてっぺんは多くが畑になっており、谷の田んぼとてっぺんの畑の中間に雑木と人家がある。アトリエの裏山の牧場は、もともと隣り部落の畑だったものだが、バブル期にハウスメーカーが宅地を建てるために買い取ったという。しかし、そんな試みも経済の破綻でとん挫、ハウスメーカーは土地を手放し、牧場経営を夢見た人間の手に渡った。 勝間に移ってきた頃には、辺り一面牧草が生い茂り、牛も牧舎を賑わしていた。

 勝間部落の道祖神から、小径をあがってアトリエを右に見ながら雑木の中にはいる。そこを出ると尾根路に至る。牧場はそこから入る。入るというより、隣り部落への街道なのだ。街道を挟んで牧草地があり、経営者の住まいがある。以前、住まいの周りには子供の遊び道具が乱雑に散らかっていた。玄関の脇には犬小屋があり、小径を通り過ぎると吠えかかってきたものだ。が、今その声はない。住まいに人の気配もない。

 一体いつ頃から勝間周辺は変わり始めたのだろうか。特に隣り部落の変化は激しい。谷筋の多くが産廃の投棄場所になってしまった。尾根筋(隣り部落との境)から隣り部落に下がる谷間は、すでに二カ所が埋め尽くされ、さらに一カ所準備が始められていた。大型のダンプカーが尾根路を出入りしているのも眺められた。 首輪をした毛並みのいい黒毛の犬が工事現場から飛び出してきて、我々を追いかけてきた。牧場主の飼い犬だったのだろうか、思い出してみるもわからないまま、アトリエに戻った。

田んぼの畦の迷いアフガンハウンド(らしい)
首輪をしていたが鑑札は見あたらなかった
その日から二三日後のこと、家の中に猫子たちが飛び込んできた。外に出てみると、裏の畑に先日の黒犬がもう一匹、白い子犬をつれて訪れてきた。二人の首輪はまだ新しいものだった。白い子犬とはお初である。しばらく吠え声をあげていたものの、いつの間にか姿を消していた。

毛は汚れているものの実に威風堂々の容姿
翌日、今度は隣の畑である。穏やかな日差しのなかで、大きな姿が横たわっている。横たわった後に動かない。おいおいおい大丈夫かよ、何で里にこんなに犬が降りてくるんだ。カメラを手に庭に降りると起きあがってきた。心配をよそにその犬は気持ちよさそうに昼寝をしていた。大きい!でかい!高い!どうもアフガンハウンドらしい。白い毛並みにはブラシも入っていない。薄汚れて灰色、手入れが不十分のようだ。首輪はあるものの、鑑札も見あたらない。

 裏山は犬棄て山なのか?このところ畑にやってきたお犬さんはみな、どうみても由緒正しそうだ。以前わが家で最後のひとときを過ごした雑種とは全く違う。これでは千葉県民の民度が疑われる。千葉県の就業構造は建設業が過半を占めている。おかげでこのところの経済環境が風景にも現れている。多くの里山が残されていた上総も、谷間が産廃で埋められていく。そして人影のない山間に、首輪を残した犬の姿が突然に現れたのだ。

[勝間通信」 節分過ぎて畑の準備始まる勝間部落

春祈祷の御幣 
左の坂は我がアトリエ、そして隣り部落へ続く小径
前回お話しした春祈祷、節分が過ぎ、今年も部落に通じる道々に御幣が飾られました。田畑が残っている限り、百姓は今年の豊作を願い続けます。息子たちは見放しても、年寄りたちは御幣を飾りました。いいですね。いつまでも続けてほしいものです。

Saturday, December 8, 2001

[勝間通信」 冬至が過ぎると、はや春の出来事

ついつい顔を出したが最後のモグラ
面白いもので、というか当たり前なことで、冬至が過ぎると春です。太陽が山の端に沈むのが日増しに遅くなっているのがわかります。丘に四方を囲まれた勝間では、冬至の頃には朝日は9時近くにならないと庭先に日差しが当たりません。日没も4時ちょっとすぎ。それが冬至過ぎとともに勢いが変わります。不思議なもので、というか当たり前のことで。春はもう庭先まで。

 庭や畑の枯れ草の間から土が盛り上がっているのも、庭先の春。ちょっと指先で盛り上がっている土をはねると、そこには緑が。去年の秋に受け継がれた息吹がそこにあります。

 このところの暖かさが、猫のお相手まで浮かれて出てきてしまいました。畑に出てはネココたちはおもちゃ代わりを見つけてきます。かわいそうなモグラが、このところ太陽に晒されることになります。まるまると太って、びっしりと身体を覆った柔らかな毛並み、ピンクの鼻先と両手両足。けっこう可愛らしい。

 我々人間様も畑の恵を分けていただくための準備に係らなければならない時期です。部落では、まもなく春祈祷の御幣が辻々に飾られることでしょう。その時勝間が雪で覆われていたとしても、確実に勝間は春なのです。

[勝間通信」 冬の勝間、冬枯れの風景

紅葉した裏庭の雑木林
11月中旬過ぎの千葉は快晴続きでした。午前中はアトリエに入らず、縁側で太陽の恵みをできるだけ受けることにします。紅葉に続く落葉の風景を眺めているだけなのですが、全身が充実する思いです。四季のある日本にひとまず感謝することにします。

 ホントかどうかわかりませんが、あるテレビ番組によると、人間の体内時計は一日が25時間だそうです。それを調節しているのが午前中の太陽、それを狂わせているのが蛍光灯とか。

 例年ですと、落ち葉を集めて堆肥づくりの準備に取りかからなければなりませんが、平均気温が例年を上回っている勝間では、年末まで待たなければならないようです。暮れに仕事が集中してしまいそう。勝間の堆肥は、裏山の落ち葉とコンポストトイレから出るバクテリア入りおが屑で乾燥された人糞、それに近くの養鶏場から安く分けてもらった鶏糞でつくられます。半年ほど時間をかけてできあがりますが、なかなか思った通りの堆肥になりません。発酵の案配が難しい。

田んぼも梅の木も・・・竹だけが緑(左)  枯れ木に「実」の賑わい(右)

Saturday, October 27, 2001

[勝間通信」 田園の茶会

 勝間に移転したせいか、めっきり人と会うことが少なくなりました。
庭先に茶会用テーブルをセット
先日、猫仲間の彫刻家が、一度アトリエを覗いてみたいというので、日よりのいい日を狙って訪ねてきました。庭の手入れを終えたあとなので、見かけはよくなっています。部落から、細い路地路をあがって雑木と竹林に囲まれた古びた一軒家にお出で頂いたわけです。

 午前中、庭にテーブルと椅子、中国茶の茶器セットを持ち出しました。家から電源コードを引き、電気湯沸かしポットを、あとは来賓を待つのみ。

秋の爽やかな空気と穏やかな日差しのなか、二人の友人とお茶を楽しみます。途中から持参いただいた日本酒に世界情勢へと話は弾みます。それやこれやで、秋の太陽はつるべ落ち、向いの山並みに日がかかると、突然空気が冷たくなります。

 アトリエの中ではもう暖が必要です。ストーブと日本酒と熱い会話と、気がつけば外は真っ暗。今日は3ヶ月だったよなといっていたものの、すでに山の端に消えています。熱かった室内を考えれば、冷たい空気もまた味わいがあったかと思います。
ポーターブル中国茶器セットと電気湯沸かしポット